ぽっどきゃすてぃんぐ落語

ポッドキャストで落語があって、若手の落語が聴ける→http://www.podcastjuice.jp/rakugo/iPodに落として時々聴いている。トラックバックを見ていると若手の演出などに対して辛い意見もあり、それはそれで首肯できるのだが、CD、テレビには出てこられない噺家にとっては良い場だと思うし、聴く側にとっても只で聴けるのだから、楽しい企画だと思う。
ところで、今日は、古今亭菊朗の「金明竹」(http://kanabun.page.ne.jp/web/rakugo.cgi?1+1を参照)を聴いていた。上方の道具屋の言葉を聞き間違えるというくだりに差し掛かって、ふと思ったのだが、横溝正史の『獄門島 (あすかコミックスDX―金田一耕助ベスト・セレクション)』で、事件の真相をくらませる叙述トリック(一応ネタバレを防ぐためにぼやかしているけど、推理小説ファンなら絶対知ってるあの科白)って、もしかしたら「金明竹」が元ネタ?
しかし「金明竹」のように、江戸の噺で上方言葉が出てくるのって難しいんだろうな。関西人からすると「ああ、イントネーションが全然ちゃうがな」と思ってしまう時が多い。菊朗も残念ながらそれはクリアできず。ただ、名人って、なぜか関西弁も完璧な場合が多い。とくに三遊亭円生。まあ、若いとき大阪で修行していたらしいけど、ほぼ完璧である。
とはいえ、実際のところ、江戸の落語の関西弁が「正しく」ある必要はないのかも知れない。あれは、江戸東京の人々から見た、いわば仮想的な「上方贅六」であるのだから、上方っぽくありさえすれば、充分に役目は果たすのかも。落語に出てくる田舎者の喋る「〜だべえ」が、実際にはどこの方言かわからないみたいなもんで。
あ〜。書類を書こうと思ってたのに、↑とだらだらと書いてたら時間が過ぎてしまった・・・