絵画の起源

morohiro_s2005-09-21

袋はさておいて、痕跡の話に戻りたい(id:kasuhoさんも読んでくれているみたいだし)。
 視覚文化における痕跡という話題において、ほぼいつも参照される逸話に触れていなかった。それは、ヨーロッパにおける絵画の起源伝説である。
 大著『博物誌』を記したローマの大プリニウスは、「〔絵画の起源について〕すべての人々が一致しているのは、それは人間の影の輪郭線をなぞることから始まったということ、したがって絵はもともとこういうふうにして描かれたものだということである」という。また塑像術の起源においても、同じ様な逸話が語られる。コリントスの都市シキュオンにおいて陶器を作っていたブタデスという人物がいた。「その娘〔ディブタデス〕はある青年に恋をしていた。その青年が外国へ行こうとしていたとき、彼女はランプによって投げられた彼の顔の輪郭を壁の上に描いた」。この素描を基にして、父ブタデスは、塑像を作ったという((『プリニウスの博物誌 全3巻』)。
 この逸話が興味深いのは、絵画--視覚的表象--の起源を痕跡に置いていることだけではなく、表象の存立の基本に対象の不在があることを思い起こさせるからであろう。影に基づいた表象が完成したときには、対象たる恋人はもう居ないのである。このロマンティックな逸話は、18世紀のヨーロッパでリヴァイヴァルし、さまざまな絵画が描かれた。図に挙げたのは、シュヴェによる《ディブタデス、あるいは素描の起源》である。影を写し取るディブタデス、それを少し驚いたように見上げる青年。二人の背後の壁には、影を写し取る行為が、影絵によって反復される。この主題を描いた絵は多いが、劇的に描いている点では、この絵がトップかな。
 ところで、この逸話については、デリダも『盲者の記憶―自画像およびその他の廃墟』で言及している。といっても痕跡がらみの話ではなく、一ひねりされていて、見ることと描くことの乖離・・・といった話だったと思う。本が今手許にないので確認できないけど。