覗き絡繰

morohiro_s2005-09-30

久保田米僊描く新京極にあった覗き絡繰の図(『明治新撰西京繁昌記』より)。
覗き絡繰とは、大きな箱の中に仕掛けられた絵を、レンズを通して〈覗く〉ものである。その淵源は、前日書いた「覗き眼鏡」にあるが、この覗き眼鏡を大規模にしたものが覗きからくりであった。平賀源内が戯作者、福内鬼外の名で記した浄瑠璃『実生源氏金王桜』に見世物の覗きからくりの口上の一節がある。

サアサアサア来たり覗いたり。サアサア是は日本一の御覧物、先最初にお目に懸けまするは、お江戸本所五百羅漢の体でござります。次は武蔵下総の国境、ソレ、長いは長いは、両国橋は長い長い、おかごでやろか、お馬でやろか、十六七に手を引かれ渡りまする体にござりまする。ソレ向ふに見えまするは、あは雪の見世、数多群集致しまする体、是も夜分の景色と御覧に入れますれば、ソレ辺りの茶店、屋形船、数多の小船迄、残らず火を点じまする。何と御らふじませ、よい細工ではござりませふがな。あなたには玉屋が花火ぽんぽんと燈じまする。此義お目にとまりますれば先ツせん方はおかわりでござりまする。

 時代は変わり明治になっても、映画が普及するまでは、大衆娯楽として非常に隆盛を極めたようである。新京極にあった覗き絡繰は相当大掛かりなものであったようである。その店頭には、「奇石怪岩」を設えたところに草木を植え、さらに蒸気機関車のかたちをしていたという。随分目立つものであったのだろう。「行人足を停めて之を観る」とある。
 さらにそれは二階建ての常設のものであったという。移動式のものに比べると相当大規模である。建築は、西洋風になされて、一階、二階にそれぞれレンズが連ねられていたという。ちなみに新京極にはもう一種類「雲僊器械」と呼ばれる覗きからくりのヴァリエーションがあった。それは、覗くところまでは一緒であるものの、「人物舟船動揺の状態〔カタチ〕を観望せしむる者」であったという。
 では、新京極の覗きからくりで、どういうものが観られたかというと、

山川の清影〔キヨキカゲ〕、人物の秀麗、歴々〔アリアリ〕として身其境に在る如く、覚へず奇と呼び、快と呼ぶ。看客蟻附〔ケンブツアリノ如クツキ〕之を覗く。真に夢中の観をなす。

というものであったようだ。前掲の挿絵には、「西京四条鉄橋之風景」「東京両国橋花火の風景」という張り紙が見える。
新京極と覗き絡繰については、以前、『diatxt. (11)』に「新京極の夜」と題した拙文が載っているので、ご興味ある向きはご参照あれ。