「奈良」の表象

上記の仕事に絡んで、「奈良」の表象について調べている。近代以降、京都とセットで「古都」として表象される奈良であるが、どうも「京都性」と「奈良性」の間には温度差があるように感じる。どういう差かというと、京都が徹底的に「ベタ」であるのに対して、奈良の方はなんか「高尚」な感じがするのである(勿論、一方で大仏と鹿というベタベタな奈良もあるんだけど)。「奈良」といえば、和辻哲郎會津八一、さらに最近では白州正子などなど、なんとなくインテリっぽく、高踏的な言説が思い浮かぶのに対し、京都表象は、量的には奈良とは比べものにならないほどある筈なのに、どうも「ベタ」な気がする。京都写真もそう。奈良には土門拳入江泰吉もいるけど、京都写真は???と言った時に思い浮かぶ写真家がないとか…… 
この差は奈辺にあるのか、なんてことを考えながら調べているのである。とりあえず會津八一と写真師、小川晴暘を中心としたサロンの話が面白そう。あと亀井勝一郎や保田輿重郎といった「日本浪漫派」の「滅び行くもの」としての奈良表象の問題もなかなか興味深い。


とりあえず読んでいる参考資料など


巡礼と観光 - 蒼猴軒日録でアップした年表の拡大版(まだまだ工事中)