ドレッドロックスの意味作用

iTMSでビーニー・マンの"Dude”のPV(‎ビーニ・マン, ミス・シング & ショーナ "Dude" をApple Musicで)があったので見ていて、ビーニー・マンの髪型がドレッドロックスであることに気付き思ったよしなしこと。以下、大雑把に。
ドレッドロックスとは、周知の通り、ジャマイカラスタファリズムという宗教の信者に特有の髪型である。ラスタファリズムとは、キリスト教がジャマイカに伝わって、それがアフリカ回帰運動と結びつくことにおいて出来た宗教である。その教義は、簡単に言うとキリストは黒人であり、それはアフリカに何時の日か再臨するというもの。そのころ丁度エティオピアにハイレ=セラシェという皇帝(幼名はラス・タファリ)が即位した。で、彼こそキリストの再臨だという訳。まあよくある、コロニアルな状況が生みだしたハイブリッドな宗教(隠れキリシタンからハイチのヴードゥー/ホンドゥに至るまで)の一つであるが、それがレゲエという音楽の世界的な流布に伴って知られるようになった。ハイレ・セラシェの紋であるライオンのたてがみを模した髪型がドレッドロックスであるといわれる。ラスタファリズムについての詳しい説明は→Rasta - Wikipedia
ラスタファリズムというのは、ジャマイカではマイナーな宗教であり(実は、一番多いのはプロテスタント)、レゲエ・ミュージシャン=ラスタファリアンというのも間違いである。たとえば、ジミー・クリフブラック・ムスリムで、ドレッドロックスではなかったし。
それが、80年代末くらいのアメリカにおけるパン・アフリカニズムの再高揚のなかで、宗教的な「意味」は捨て去られ、アフリカ回帰の記号として、とくにアメリカのヒップ・ホップのミュージシャンたちによって流用されるようになる。ジャングル・ブラザーズあたりがはじめかな。アレステッド・ディヴェロップメントとか、フージーズあたりの、アンチ=ゴールド・チェーンの連中がしていたのも象徴的である。ここにおいてドレッドロックスの意味作用は確実に変化した訳だ。その後、ドレッドロックスは、さまざまなアフリカン・アメリカンの髪型として採用されていくようになる(セシル・テイラーやシリル・ネヴィルのドレッドを見よ)。
それが、再び、ジャマイカに帰る。僕がよく聴いていたころのダンスホールのミュージシャン、すなわちラガマフィンの連中といえば、ドレッドロックスなんてほとんどいなかった。タイガーもシャバ・ランクスニンジャマンも、みんなラインを入れた短髪(これはアメリカのヒップ・ホップの連中の髪型を流用したもの)だった。その頃のダンスホールの連中は、多分、アンチ=ラスタっていう傾向があったと思う。ちなみに日本でも、西新宿の69に行く人間と、同じ西新宿のマッシヴに行く人間は、種類が違った。
でも、ビーニー・マンはドレッドロックスだ。しかもゴールド・チェーン。非常にマッチョな格好である。おそらく、一度アメリカのフィルターを一度通ったものだろう。これ、ビーニー・マンが真正ラスタファリアンだったら話は違ってくるかな。ヴィデオの中に、ライオンや、アフリカン・トリコロール(所謂ラスタ・カラー)などの記号はさまざまに出てくるのだが。(↓追記を参照)
ビーニー・マンのドレッドロックスの「意味するもの」(あるいはコノテーション)と、山に住んでハーブを吸って、ヴェジタリアンなラスタファリアンドレッドロックスの「意味するもの」、またジャングル・ブラザーズのカジュアルなファッションでの「意味するもの」と、山に住んでハーブを吸っている菜食主義者ラスタファリアンドレッドロックスの「意味するもの」は、すべてずれているはずである。でも、単純に、オリジナルのラスタが「真正」であり、その他が偽物として断罪するのではなく、それぞれを、それぞれの「文化」における意味作用として、歴史的・社会的なコンテクストの中で読み解くこと。「ずれ」について考えること。これ、文化と意味作用の例として、授業で使えるかな。
日本におけるドレッドロックスの「意味するもの」というのについても、考えてみても面白いだろう。同じく、日本人のパンク・ファッションや東京モッズなども(この間『トーキョー・モッズ・グラフィティ1981‐2005』という本も手に入れた。懐かしい顔がいっぱい)。
(追記)あっ。Beenie Man | Biography, Albums, Streaming Links | AllMusicを見たら、ビーニー・マン、ラスタファリズムに改宗したって書いてある・・・。じゃ、ビーニー・マンのドレッドロックスは、一種のジャマイカの伝統回帰ってことになるのかな。でも、アメリカを通っていることには、多分間違いないし、ジャマイカのラスタ→アメリカにおける流用→ジャマイカにおける再流用という基本線は、そんなに遠くなかろう。せっかく、朝からこんなに長く書いたのだから、ご破算にはせず、置いておく。いずれ、もう少し詰めよう。