現代における写真論

アメリカの写真研究の系譜としては、至極大雑把に言うと、MoMAの写真部門を中心とするモダニズム美術史をモデルとして写真をフォーマリスティックに読み解く現場的な系譜(ニューホール→シャーカフスキー→ガラシ)と、それに対する批判から起こった『オクトーバー』誌などを中心とした理論的な系譜(クラウス、クリンプ、セクーラなど)がある(もちろんヨーロッパ系の批評もあるが)。アメリカにおける写真批評の系譜に関しては、ジョエル・エイジンガーのTrace and Transformation: American Criticism of Photography in the Modernist Periodが詳しい*1
1980年代に起こった後者の動きは、Contest of Meaning: Critical Histories of Photography (The MIT Press)というエポック・メーキングな論集にまとめられた*2。また、モダニズムからポストモダニズムという批評の流れを理論的に検証したのが、ジェフリー・バッチェンのBurning with Desire: The Conception of Photography (The MIT Press)である*3
ただ日本においては、ベンヤミン、バルト、ソンタグの御三家の写真論を除いては、Contest of Meaning以降の写真論どころか、シャーカフスキーによるモダニズム的アプローチさえもまともには紹介されていないのが現状である(翻訳しようという計画はあったんだけど)。
日本の状況はさておき、ポストモダン以降の写真論を概観できるのが、リズ・ウェルズの編んだこのリーダーである。写真関係のリーダーには、古典的な文章を集めたアラン・トラクテンバーグ編のClassic Essays on Photographyやヴィッキ・ゴールドバーグ編のPhotography in Print: Writings from 1816 to the Presentがあるが、現代における理論を紹介したものとしては、僕の知っている限りでは、この本が良くまとまっていると思う。編者リズ・ウェルズには、Photography: A Critical Introductionという、よくまとめられた本*4もある。
本論集は、八つの部に分けられており、それぞれは、総論(「御三家」を含む)、写真そのものの特性論、記号論的アプローチ、写真におけるポストモダニズム、デジタルの問題、記録とジャーナリズム、まなざし/視線論、アイデンティティの問題(CS系)、制度論について扱っている論が収められている。

The Photography Reader

The Photography Reader

  • 1,写真についての省察
  • 2,写真的な視
    • ユベール・ダミッシュ「写真イメージの現象学に関する五つのノート」
    • オシップ・ブリック「眼が見ないもの」
    • ラースロー・モホイ=ナジ「視覚の新たな道具」
    • ジョン・シャーカフスキー『写真家の眼』序文
    • エドワード・ウェストン「写真的に見ること」
  • 3,コードと修辞学
  • 4,写真とポストモダン
  • 5,写真=デジタル
    • サラ・ケンバー「物体の影--写真とリアリズム」
    • マーティン・リスター『デジタル文化における写真イメージ概説』より
    • ジェフリー・バッチェン「フォトジェニック」
    • レフ・マノヴォッチ「デジタル写真の逆説」
  • 6,ドキュメンタリーとフォトジャーナリズム
    • ジョン・タッグ「証拠、真実、秩序--写真的記録と国家の成長」
    • マーサ・ロスラー「(ドキュメンタリー写真)について、それを巡って、その後からの思考」
    • リサ・ヘンダーソン「公共写真における経路と同意」
    • ジョン・バージャー「苦悩の写真」
    • カリン・E・ベッカー「フォトジャーナリズムとタブロイド報道」
    • エドムンド・デスノエスキューバが私をそうした」
  • 7,写真のまなざし
  • 8,イメージとアイデンティティ
    • デイヴィッド・ベイリー、ステュアート・ホール「転位〔置換〕のめまい」
    • べる・ふっくす*6「我らが栄光において--写真と黒人生活」
    • アネット・カーン「記憶--私がそのようではなかった子供」
    • ジー・マーティン、ジョー・スペンス「写真セラピー--治癒の芸術としての心理的リアリズム?」
    • アンジェラ・ケリー「自己イメージ--個人的なことは政治的なこと」
  • 9,さまざまなコンテクスト--ギャラリー、美術館、教育、アーカイヴ
    • ダグラス・クリンプ「美術館にとっては古く、図書館にとっては新しい主題」
    • リズ・ウェルズ「言葉と写真〔picture〕--写真を評することについて」
    • デイヴィッド・ベイト「美術、教育、写真」
    • アラン・セクーラ「アーカイヴを読む--労働と資本の間の写真」

*1:id:mika_kobayashiさんによる紹介=http://www.think-photo.net/review_translation/kobayashi/kobayashi02_eisinger.htmlを参照

*2:同じくid:mika_kobayashiさんによる紹介文→http://www.think-photo.net/review_translation/text_reading/about_contest_of_meaning.htmlと序文訳→http://www.think-photo.net/review_translation/text_reading/contest_of_meaning.htmlを参照のこと

*3:id:photographology君による序文、第5章の紹介(http://www.think-photo.net/review_translation/maekawa/06_batchen.html)、id:mika_kobayashiさんによる第1章の紹介(http://www.think-photo.net/review_translation/kobayashi/06_batchen.html)を参照のこと

*4:id:photographology君による紹介は、こちら→http://homepage1.nifty.com/osamumaekawa/Wells,.htm

*5:コメディアンが、異常なことを一度やり過ごしたのちに二回目に気づくこと。ノリツッコミはその一種。

*6:アフリカ系アメリカ人女性である彼女は、人の名を大文字ではじめることに、ヨーロッパ中心主義と家父長制を読み取って、抵抗として「bell hooks」と全て小文字で記す。で、その雰囲気をちょっとだけ出すために、ひらがな表記にしてみました。違うか、やっぱり。