『モノの社会生活----文化的視点から見た商品』

The Social Life of Things: Commodities in Cultural Perspective

The Social Life of Things: Commodities in Cultural Perspective

美術史、メディア研究、文化の社会学において、脱領域的な研究の場として登場した視覚文化visual cultureについて紹介してきた。視覚文化研究とは、大雑把にいうと、「美術」という価値判断を含む概念をもって限定されてきた研究対象を、「視覚によって知覚される」表象文化と読みかえる/言いかえることで、拡張する試みである。もちろんそこには、言語論的転回以降の批判的な諸理論が影響していることはいうまでもない。実は、まわりを見渡すと、同じような試みは、さまざまなジャンルで行われている。その中でも古株の一つが、「物質文化material culture」という研究の場である。
マテリアル・カルチャーとは、「モノ文化」と訳した方がいいかもしれない(「物質文明」という言葉と混同する向きもあるので)。さまざまなモノは、過去の、あるいは遠隔地の文化を解きあかす、いわばインデックス/痕跡として、さまざまな研究領域--考古学、歴史学(とくに社会史、生活史)、人類学--で使われてきた。それらを総合する場として登場したのが物質文化研究である。
複製技術が視覚文化において問題となっているように、物質文化では「商品」--人類学などでは、真正ならざるモノとみなされてがちな--という領域が問題となる--ここにおいて、物質文化は、経済学ともつながる。また、モノがどのように作られたのか、どのような特徴を持つのかを研究するだけでなく、それが社会的コンテクストのなかでどのように使われる/機能する/運用されるのかということに注目が集まるのも、視覚文化研究の方向性とかぶる。そして、使うことだけでなく、モノを蒐集すること、分類すること、展示することも、一つの大きな研究の対象である。たとえば絵画は、表象としての側面に注目すれば視覚文化であるが、実際に蒐集され、売買され、流通する商品として考えれば、物質文化となる。だからコレクション論、ミュージアム研究やレディ・メイドについて考えることは、まさに視覚文化と物質文化が重なる領域なのである。そう考えると、視覚文化と物質文化とは単なる隣接領域ではなく、相当に重なり合った領域であると考えた方がよかろう。
物質文化を考える上での基礎文献の一つが、『モノの社会生活』である。モノが社会の中でどのように移動するのか、その価値を決定するメカニズムはどのようなものなのかという問題が前景化されている(そういえば、編者アパデュライの単著は、最近翻訳された→『さまよえる近代―グローバル化の文化研究』)。
アルジュン・アパデュライ編『モノの社会生活--文化的視点から見た商品』

  • 1,モノの人類学へ
    • アルジュン・アパデュライ「序論--商品と価値の政治学
    • イゴール・コピトフ「モノの文化的伝記--プロセスとしての商品化」
  • 2,交換、消費、展示
    • ウィリアム・H・ダヴェンポート「東ソロモン諸島における二種類の価値」
    • ルフレッド・ゲル「商品の世界の新参者--ムリア・ゴンド族における消費」
  • 3,特権、記憶、価値
    • コリン・レンフリュー「ヴァルナ神と先史時代のヨーロッパにおける富の出現」
    • パトリック・ギアリー「聖なる商品--中世の聖遺物の流通」
  • 4,生産の制度と需要の社会学
    • ブライアン・スプーナー「織り手とディーラー--オリエンタル・カーペットの真正性」
    • リー・V・カサネッリ「クアット--北東アフリカにおける擬=合法的商品の生産と消費の変化」
  • 5,歴史的変容と商品のコード
    • ウィリアム・レディ「文化的危機の構造--大革命前後におけるフランスの布地の考察」
    • C・A・ベイリー「スワデシ(家内工業)の起源--布地とインド社会:1700〜1930年」

はじめて「物質文化」という言葉を聞いたのは、1996年のコロンビア大学でのヘンリー・スミス氏のセミナー「近代日本の物質文化」だった。『モノの社会生活』を知ったのも、このセミナーにおいてであった。シラバスはこれ→Material Culture in the History of Modern Japan

  1. 物質文化史とは何か
  2. 日本の染織史を解きほぐす
  3. 桃山時代から江戸時代にかけての染織とファッション
  4. 明治の物質文化
  5. 近代日本における美術/博物館と展示
  6. 商品、消費、消費生活
  7. 日本建築の近代史
  8. 戦間期日本の物質文化
  9. 「民 folk」と物質文化--民俗、民芸、民具
  10. 近代日本における食の歴史

グーグルで「物質文化」で検索すると、すでにさまざまな大学で「物質文化論」という講義が邂逅されていることが分かる。またhttp://web-box.jp/res/index.htmlというグループや考古学史研究の京都木曜クラブの動向も目が離せない。また、以前、東京文化財研究所で行われたシンポジウム「うごくモノ」は、物質文化を考える上で、非常に刺激的なイヴェントであった(『うごくモノ 「美術」以前の価値とは何か』)。