curioと骨董

やっぱ、キュリオ(curio)って概念は、一度整理しとかなきゃいけないな。ただ「骨董」と訳してしまうと、語源である「curiosity」や、「珍品陳列室=驚異の部屋(cabinet of curiosities)」との関係が見えなくなってしまうので、「珍品」の方がいいかな? 


興味あるので、早速辞書。
OED (Oxford English Dictionary)によれば、「curio」とは「curiosity」の略語で、「美術品、小物〔bric-a-brac〕など。珍奇性、希少性により価値付けられる=a curiosity。特に、中国、日本などの極東の器物に対して称せられる」。「特に中国、日本」なのか。面白いな。で、初出は1851メルヴィルの著作!)。結構新しい。というか、第一回ロンドン万博の年。まさに帝国の時代。いろいろヒントが隠されているのは、さすが、困ったときのOED
ついでに骨董も。こっちは困ったときの『諸橋大漢和』。「1、零細なものを入れ雑へる。骨董羮を見よ」って書いているので、見ると「魚肉・野菜などをごたごたと入れて煮た汁。ごった煮」とある。へぇ〜、面白いな。料理の名前が語源か。もちろん語源には別の説もあって「2、愛玩すべき古道具をいふ。一説に、古銅の音転ともいふ」。でも料理名が語源の方が面白いな。
というわけで、「骨董」という言葉も捨てがたいので、「珍品骨董」という訳がいいかもしれない。


グースさんが引いているエメ・アンベールの言葉も興味深い。

江戸で見られる象牙の小物〔根付のこと〕のなかで、もっとも素晴らしいものは、言うことなく動物――とくに虎、牛、熊、猿、鼠――を表象したものであろう。これらの小さな美術品は、私たちにとっては〈珍しいcurious〉ものに過ぎないが、男女を問わず、日本の〔native〕喫煙者にとっては欠かすことのできない道具である。

やっぱり「小ささ」が「珍しさ=興味深さ」につながる。で、グースさんはここでS・スチュワートの「ミニアチュール」論を持ってくる訳。


アンベールとは、幕末にスイス代表で来日した人。『幕末日本図絵』が著作としてある→[幕末にスイス代表で来日した人。『幕末日本図絵』が著作としてある→http://yushodo.co.jp/pinus/59/library'santiq/contents2.html